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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)5403号 判決

原告 松尾主計

右訴訟代理人弁護士 山根静人

同 小川休衛

被告 甲府家具移出工業協同組合

右代表者代表理事 中山政

右訴訟代理人弁護士 内藤亥十二

主文

一、被告は原告に対し金二六万二、三二五円及び内金二四万二、七一三円に対する昭和三五年七月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

五、被告において金二六万二、三二五円の担保を供するときは右執行を免れることができる。

理由

一、被告組合が原告主張の事業を目的とすること並びに訴外雨宮春彦運転の本件自動車によつて、被告組合員の製造家具を運送中、右雨宮春彦が原告主張の日時、場所において本件自動車を、マラソン練習中の原告に対し、後方から衝突させたことは当事者間に争がない。

二、原告は被告組合に対し、保障法第三条本文にもとづき、本件事故による損害賠償を求めるのに対し、被告組合は本件自動車の運行者であることを否認し、責任を争うので、まづ、この点について判断する。

成立に争のない甲第二号証、第五号証、第一二乃至第一五号証、証人共田一郎の証言及び同証言によつて成立を認め得る乙第一号証、原告本人尋問の結果を総合するとつぎの事実を認定することができる。即ち

被告組合は昭和三四年八月五日、所属組合員の製造家具を東京方面に移出するため、訴外共田一郎に対し、同人が右家具の運送に使用する大型及び小型各一台の貨物自動車を、便宜、被告組合が使用する自家用貨物自動車として、所轄官庁に対し、道路運送法第九九条所定の届出をすることを許容し、契約期間を一年(但し、更新することができる)と定め、一般貨物自動車運送業者取扱の場合の運送料金に比較して特に低廉な運送料金を取り決め、(運送料金は甲府東京間大型貨物自動車最大積載量六屯以上一台金八、〇〇〇円、同小型貨物自動車(本件自動車)最大積載量二屯一台金四、〇〇〇円)、同人に、毎日午前中被告組合事務所に連絡し出荷の有無を確めること、その他運送に関する細目につき指図し、且つ、交通事故等によつて生じた人又は物に対する損害賠償責任は同人においてこれを負担すること等を約定し、前記家具の運送を請け負わせ、同人は、他から購入した本件自動車につきその後、前記届出をし、同時に、被告組合名義を使用して車体検査を受け、保障法所定の責任保険に加入し、本件自動車の車体に被告組合の名称を表示し、常時、被告組合のため専属的に本件自動車を使用して前記家具を運送していた。而して、本件事故は、右共田一郎が同乗し、同人の被用者たる前記雨宮春彦に本件自動車を運転せしめ、被告組合員の製造家具を運送中、原告主張の日時、場所において、原告主張の過失により惹起せられたものである。

以上のとおり認定することができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、保障法第三条の規定の立法趣旨に照らし同条本文所定の自動車の運行者中には、直接、自動車を使用して運行による利益を享受する者以外に、自動車の運行による利益を直接享受する目的で、右運行につき他人に対し自己の名義の使用を認容し、外部に対し恰も当該自動車の運行者たる外観を表示した者をも含ましめるのが相当であると解せられるところ、右認定の事故の事実によれば、本件自動車が被告組合の所有に属するものとは認め難いけれども、被告組合が前記手段によつて享受する利益は一般の貨物自動車運送業者による運送からは到底享受することのできない特別の経済的利益であつて、斯かる利益は被告組合が自己のため直接自動車を運行の用に供した場合に享受することのできる利益にほぼ匹敵するというも過言ではなく、被告組合は斯かる利益を直接享受する目的で、共田一郎に対し本件自動車の運行につき被告組合名義の使用を許容し外部に対し恰も自己が本件自動車の運行者たる外観を表示した者と認められ、亦、本件事故は本件自動車の斯かる運行中に惹起せられたものであると認められるから、被告組合は本件自動車の運行者として、保障法第三条本文にもとづき、本件事故による損害賠償責任を有するものといわねばならない。

三、そこで、原右が蒙つた損害について考察する。

(一)  証人松尾宣子の証言及び原告本人尋問の結果並びにこれらによつて成立を認め得る甲第一号証、第六号証の一、二、第七、八号証、第一〇号証を総合すると原告は本件事故により請求原因第二項の(一)冒頭記載の傷害を受け、

(イ)  本件事故直後から同月二八日までの間、黒須外科病院に入院治療し、同病院に対し入院治療費金二万三、六二〇円

(ロ)  昭和三五年四月一一日から同月二八日までの間付添人後藤きみを依頼し、同人に対し付添費用(車代、紹介料を含む)金九、六四〇円

(ハ)  本件事故直後から右病院退院までの間、通信、電話連絡、交通費等諸雑費並びに栄養等の補食費金五、〇〇〇円

(ニ)  右病院を退院する際医師、看護婦に対し謝礼金二、〇〇〇円

(ホ)  右病院を退院後昭和三五年五月二二日から同月二五日までの間、宮城県下鎌先温泉において療養を続けその間の旅館宿泊代金五、四七八円、マツサージ代金二、五〇〇円及び東京、右鎌先温泉間往復旅費金四、〇〇〇円合計金一万一、四七八円

以上(イ)乃至(ホ)の合計金六万一、七三八円を支払つたことが認められるがその余の損害についてはこれはこれを認めるに足りる証拠がない。

(二)  つぎに、原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認め得る甲第九号証によれば、原告(昭和六年一〇月三日、出生)は、昭和三〇年三月日本大学経済学部を卒業同年四月株式会社明電社に入社し、本件事故当時、同社宣伝課に勤務し、月収金一万四、五千円を得ていたものであるが、前記傷害により、(イ)昭和三五年四月一一日から同年六月九日までの約二ヵ月間、右勤務先を欠勤したため、その間、右勤務先から通常得られる給与及び、賞与と比較して、前者につき金一万〇〇七五円を、後者につき金一万五、九〇〇円を夫々、減額され、(ロ)更に、昭和三六年四月、原告と同等の他の一般社員に比較した場合、同月分以降一ヵ月につき金一〇〇円減の格差をつけられたため、将来右勤務先の停年(満五五年)までの二五年六日余に亘る間、毎月右割合による総額金三万〇、六〇〇円の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を蒙ることとなることが認められるところ、右(ロ)の金額からホフマン式計算方法により一ヵ月毎に民法所定の割合(年五分)による中間利息を控除し、昭和三六年四月現在の一時払額に換算すると金一万九、六一二円(円未満四捨五入)となることが明らかである。結局、原告は前記傷害により右合計金四万五、五八七円の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を蒙つたものと認められる。

(三)  つぎに、原告の慰藉料の数額について検討するに、前顕各証拠によれば、原告は前記学歴、職業、収入を有し、本件事故当時通常の健康を有する者であつたところ、本件事故に遭遇し前記傷害を受け、入院後三日間、意識不明が継続し可成重篤の状態に陥つたが、その後、右状態を脱し、前記のとおり治療の結果、頭部以外の傷害については殆ど治療したが、頭部の傷害については未だ全治するに至らず、更に、昭和三五年一〇月一日から財団法人松翁会治療所に通院治療を続けたが本件口頭弁論終結当時、猶、頭痛、眩暈、難聴等の症候に悩まされていることが認められ、原告が本件事故に遭遇した直後から現在までの間に既に多大の精神的、肉体的苦痛を蒙つたことは推測に難くなく、更に、今後とも相当期間、日常生活並びに勤務先における職務遂行上、或る程度の不便、苦痛に堪えなければならないことも予測できるところであるが、他方、原告が治療を継続することによつて漸次、前記症候も軽癒に向うものと予測できる状態にあり、且つ、既に従前と同一の職域に勤務していることが認められるから、以上認定の事実並びに本件事故の状況その他諸般の事情を考慮して原告に対する慰藉料は金二〇万円を以て相当であると認める。

四、ところで、原告が雨宮春彦から前項(一)の損害に対する賠償の一部として金四万五、〇〇〇円の支払を受けたことは原告の自認するところであるから、被告組合は保障法第三条本文にもとづき、原告に対し、前項(一)の損害額から右金四万五、〇〇〇円を控除した残金一万六、七三八円、同(二)の損害金四万五、五八七円及び同(三)の慰藉料金二〇万円合計金二六万二、三二五円を支払う義務がある。

五、よつて、原告の本訴請求は右金員及び内金二四万二、七一三円(原告は第三項(二)の(ロ)の損害金につき附帯の請求をしない。)に対する訴状送達の日の翌日であること本件記録上明らかである昭和三五年七月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余の部分は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文を、仮執行の宣言並びに免脱につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高瀬秀雄)

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